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以下の内容は「カラーシステム」小林重順著 日本カラーデザイン研究所編(講談社 1990年)の内容の一部を抜粋し、再編集したものです。
1.いくつかの峠を越えていく
『日本人の心と色』(1974年 講談社刊)の表紙に紹介された単色イメージスケールは、今のものと少しも変わっていない。しかし、この年に発表したイメージスケールは初歩的なものにすぎなかった。
このときから、言語イメージスケールと3色配色イメージスケールは、ずっと変遷の一途をたどってきた。すなわち、小研究所は配色の心理テクニックを実用的に活用するために、約20年余の歳月を費やすこととなった。
◆色彩投影法 Color-Projective Technique
あらかじめ定められた〈あたたかい↔涼しい〉というような反対語対20組を被験者に与え、Hue&Tone(色相とトーン)の130色で、3色配色に置き換えさせることを試みた。
この調査では、40人くらいのグループに作成させてみた。
こうして得られた様々な3色配色を、まず5つの色相因子に整理する。次に、同じく4つのトーン因子に分けてみる。
3色配色のイメージには、色相が強く働くものと、トーンが働くものがあることがわかってきた。例えば、〈甘い〉は色相がそのイメージに貢献するが、〈弱い〉にはトーンが貢献する。
こうして40のイメージのうち、30がトーンの貢献が強いという結果が得られた。これらの色相とトーンのパターンの解析を続けWC(ウォーム・クール)/SH(ソフト・ハード)の心理軸を発見した。
その上にその他のイメージ語対をいくつものせていき、やがて、WS(ウォーム・ソフト)に接触感、WH(ウォーム・ハード)に力動感、CS(クール・ソフト)にセンス感、CH(クール・ハード)に信頼感をパターン化した。
その末に、右下の図のような3色配色とイメージを、分散とまとまりでとらえたのである。
しかし、このイメージによる分類(イメージパターン)は、多くの人たちに支持され、使われていく、ひとつの過程にすぎなかった。
その意味では、いくつかの峠を越えて、新しいイメージの平野に至るプロセスだったと思う。しかも、そのプロセスを通して、はじめて、実りあるイメージプランが得られ、より新しい発展へとつながっていったのである。
参考文献:『応用色彩心理』小林重順・道江義頼著 誠信書房 1975
2.3配色ためのイメージ語対
1970年頃、イリノイ大学のオスグッド教授、埼玉大学の飢戸宏(あくとひろし)氏と共同研究したといわれる「日本語の意味構造と研究」がある。それを参考にし、73年、小研究所で筆者が独自に作成しイメージ語対群は次のとおりだった。
感性的因子(1感覚転移、2心情連想)、力動的因子、価値的因子、尺度因子の4つである。ここから、カラーイメージ調査用紙をつくりあげた。
3.SD法の調査プロセス
①カラーリサーチのためには、候補色C1、C2、C3、・・・Cnは、色相とトーンからシステマティックに選ばれなければならない。各色相の間には秩序正しい変化がある。n個の色がH&T(ヒュー・アンド・トーン)に関して、同一・類似・反対などの関係が、どうなっているか、よく検討しておく。これは、あとで、調査データの解釈に役立つためである。
こうして、5R、5YR、5Y・・・5RPの10色相と12トーンについて、系統化した資料を作成した。
②SD(=Semantic differential 意味微分法)語を選ぶ。感覚的言語4~6語、心情的言語6~8語、尺度的言語1~2語、価値的言語2~3語の割合で選ぶ。
③被験者の選び方
単色や配色の調査では、一般学生、デザイン学生グルーブそれぞれ40人ずつ選んだ。調査人数としても手ごろだし、推計学的な差の検定でも(尺度差1〈3と2の尺度差〉1の1/2=0.5差)、5%の危険率で有意差があるからである。
4.調査結果の解析 因子分析にかける
被験者40人の平均値を求めるだけでなく、各イメージがどう関連しあうか、また候補色C1、C2、・・・Cnは、どうイメージで差異がでるのか、因子分析にかけた。
①各イメージあるいは各色の平均値〈あたたかい+〉〈涼しい-〉のイメージに関し、5YRと5Bの12トーンにつき、40人の合計点をみると、5YR/V(ビビット)が90で最もあたたかく、5YR/Vp(ベリー・ペール)では-13で最も涼しい。5Bでは、Dgr(ダーク・グレイッシュ)トーンが-13で、B(ブライト)トーンが-81という結果がでた。(参照:『カラーリスト』P.106右下図)
暖寒のイメージは、最も色相の影響をうけやすいのだが、Vp(ベリー・ペール)とDgr(ダーク・グレイッシュ)の違いでわかるようなトーンの効果も、ある程度は現れていた。
②因子負荷量と因子軸
調査用紙のSD語(イメージ語)の相互の関連性を統計的に見ていくと、いいかえれば、40人が相互のイメージをいかに関連づけながら、回答したのかを探っていくと、それには23語の相関マトリクスが必要となってくる。こういう多量のマトリクス計算を瞬時に処理するためには、大型コンピュータが必要とされた(今ではパソコンで処理できる)。
因子分析とは、多数の変数をできるだけ少数の因子に分類しようという操作である。
例えば、変数としてのイメージが23個あるが、このイメージは相互なんらかの関係がある(被験者の心理状態において、知らず知らずのうちに関連づけているはずである)。その関連条件を因子といい、できる限り少数の因子で23のイメージを整理できないものか、という心理的操作が働くと考えられる。
その際、この関連条件、いいかえると、ある一定の整理概念(因子軸F1、F2、・・・Fn)に対して、どのイメージがどれだけ高い得点(この得点はすべて±1位内のものに限る)を得るのか。その得点のことを因子負荷量というのである。
この例では、23イメージが5因子軸に整理されたことになる。もちろん、第6軸、第7軸もだせるが、F5にもなると、F1の半分以下になってしまうし、因子負荷量も0.35以上がほとんどなくなるから、整理概念の抽出にはかかわりが少ないので無視してよい。
③因子軸の意味の解釈
ふつう、0.35以上の因子負荷量(±は無関係で)得点をとったものは、その因子軸に対して、何らかの意味において関連性が高い(共通因子をもつ)と判断される。
F1の共通因子は、2.安全な、3.やわらかい、7.スマートな、8.近代的な、9.高価な、11.親しみやすい、12.上品な、14.女性的な、18.すき、23.よい、となる。
これに対し、F2になると、1.明るい、6.暖かい、10.楽しい、11.親しみやすい、16.動的な、17.大きい、20.野性的な、22.若い、23.よい、が互いに関連しあうことになる。
このほか、F1とF2を横と縦にとり、平面上に各因子負荷量を表示すると、両軸の関連の仕方や両軸の意味も見通しやすい。
ところで、F1とF2とは、ともに “よいーわるい” という色の評価判定イメージに関係がある。したがって、F1とF2という観点で、色のよし悪しが決められた。そういう心理的判定が40人によってなされたと考えられた。
④1974~76年の間において、小研究所では筆者を中心に、各種の因子分析の結果、P.148のイメージスケールのような結果が得られたのである。
その判断基準、センス感、接触感、信頼感、力動感に関するイメージ・グループを抽出することができ、それをWC(ウォーム・クール)/SH(ソフト・ハード)の平面に表示することができた。
5.カラーに関する言語イメージスケール
◆単色イメージスケールの完成
1974年(昭和49)年頃、当時34歳の道江義頼(みちえ よしのり)所員(現専務)が、130色のイメージ得点を横軸と縦軸に記載していた。〈あたたかい-つめたい〉の得点(WARM(ウォーム)―COOL(クール))、〈やわらかいーかたい〉の得点(SOFT(ソフト)―HARD(ハード))の発見である。
※暖寒は、色相、弱強はトーンではないか。130色を色相とトーン平面(つまり、後のWC(ウォーム・クール)/SH(ソフト・ハード)のイメージ平面にのせていた。これは、単色イメージスケールの発想へとつながった。
75年には、『応用色彩心理』(誠信書房刊)に発表できる程度までに、単色イメージスケールは、モデルができあがっていた。
しかし、その意味づけに関しては、やはりそのスケールをもとに実用化して、成果をあげてみなければ、自信をもってイメージ語の位置を決めることはできなかった。そこで、何を基準にし、各々のデザイン分野へと展開していけばよいのか、試行錯誤が何年も続いた。
そのような時、色に深くかかわりあうのはファッション・イメージとわかり、この分野で使われている用語、例えば、カジュアル、ゴージャス、モダンなどの位置(パターン)とどのような調査にも共通して現れる〈配色とイメージ〉の関わり合いが、〈イメージ調査+因子分析〉をいくつも実施していくうちに、定常的に現れることがわかってきた。
和装と洋装のコンサルタントで、カラーイメージ分析を重ねていくうちに、言語イメージパターンが明確に浮かびあがってきた。
つまり、単色イメージスケールの意味分野のとり方は、単に単色の調査だけでは確定できなかったが、3色配色を通して得られたイメージパターンは、130色の単色にも使えるという仮説のもとに、単色イメージスケールがひとつの完成を見たのである。
実際に配色で発見したパターン分類を使うと、単色イメージもアイデンティティを生むこととなった。その後、この証明は、実際的に行われ、妥当性が確認できたのである。
こうして、76年に発想してから、研究所内外での検証をつづけ、認められた基礎的な言語イメージスケールが、77年講談社発行の『美的センス入門』で登場となった。
※注:ここでいうWC(ウォーム・クール)/SH(ソフト・ハード)の得点とは、調査に参加した被験者集団の個々人の平均値を意味する。実のところ、WCのこの得点による軸とSHの得点による軸が、あらゆるイメージを代表するベーシックなイメージ軸(どの因子軸よりも重要な基本軸)であるという認識を得た。
6.エレガントの発見
◆発想の転換
発想はふとしたことから、湧いてくる。研究は、こうした発想なくしては前進はない。
画期的な着眼点は、私と道江所員の2人が飛行機で出張した時のことであった。機が京都の上空にさしかかり、古都を鳥瞰する景観が眼の下に広がった所にきた。その時、定まっていなかったスケールの中心の意味が、ひらめいた。「道江さん、イメージスケールの中央はエレガントだね。日本の中央、京都はエレガントじゃないか」といいながら、私は略図を描きあげた。76(昭和51)年3月15日の朝のことであった。イメージ分類における“発想の転換”の日として今も心に残っている。
◆SD法は、弁証法的にできている
反対語対を探すことは、日本人の発想には無理がある。「中庸は徳の至れるもの也」という教えは、極端な対立を避け、一見あいまいと思えるところに、存在の意味を探し求めよう、というのである。SD法は0ポイントがあいまい(意味不明)なところに問題がある。イエスかノーかをはっきり言い切る国民性と異なり、あいまいさに逃げ込み、断定を避ける日本人の国民性ではSD法はなじまないのではないか。
そのことは、84年頃、漸変(ぜんぺん)的にイメージ語(それもメリット語)を並べるDB(データベース)イメージ調査の発想を生み出した。また、例えば、P.73のようにイメージ語を並べたり、P.68のように単色でネットワークを組ませると、グラデーション式の発想が生まれてきた。
7.カラーイメージスケールの発表
1977年、国際色彩学会(AIC)での発表、アメリカの色彩情報専門誌「COLOR research & application」への論文掲載、和装イメージスケールの完成、洋装のイメージスケールの実用化によって、小研究所の研究は世に広く認められたのである。
1983年末に『カラーイメージ事典』講談社から発行され、色とイメージという新しい視点が、読者に好感をもって受け止められた。同時期に、ようやくイメージスケールの特許が認可されたのである。